ずっと忘れない

今日、お香典のお返しが私のもとに届いた。


3月の末に亡くなった私の友達の、お父さんとお母さんからである。




彼と私は、高校の頃同じ塾に通っていた。
塾では記憶にあるかぎりぜんぜんしゃべったことがなかった。
でも、2つのクラスでいっしょだったから、名前と顔と学校はよく一致した。
そして、けっこう私好みの(?)オーラを発していたので
『しゃべってみたいなー』と思うクラスメートの1人だった。


結局塾を卒業するまでしゃべることはなかったけど、
同じ大学の同じ科類に私たちは合格した。
大学生活はあわただしくすぎていって、
どこかで会うかなーと思っていたけど会うことはなかった。
けど、きっとお互い楽しい大学生活を送っているものだと思っていた。


そして、大学2年のときだったと思う。
夕方、私が家に帰る途中、地下鉄の乗り換え駅で彼とばったり会った。
というか、地下鉄を待っていた私に彼が声をかけてきてくれた。
「○○さんだよね?」
すごくびっくりしたけど、私はすごくうれしかった。
塾でしゃべったこともなかったのに、覚えていてくれて。
たとえ覚えていたとしても、仲良くなかったらスルーしちゃうこと多いし。


地下鉄の中では何を話したんだっけ。
たしか授業のこととかサークルのこととか話したんだと思う。
今、がんばって思い出そうとするんだけど、
彼が野球のサークルに入ってて…とか、授業の単位がやばくて…とか、
会話の端々しか思い出せない。


彼と私の家は同じ方面だったから、30分くらいはいっしょに乗ってたかな。
私のほうが先に降りるのだけど、
「またね」とかなんとか言って別れたんだと思う。


それからはまた大学で会うこともなかったけど、
彼がどこの学科に進んだとかなんとか、小耳にはさんだ。
でも、とりあえずまたお互い元気にやってるもんだと思ってた。





月日が流れて、私が大学院2年生になろうとしていたこの3月、
彼が亡くなったという知らせをうけた。
これも偶然に、研究室の後輩が彼の同級生で、
彼の死の知らせが友達を通じてまわってきたと言うのだ。


本当に、信じられなかった。
何で亡くなってしまったのか。
いろんなことを考えてみたけど、わからなかった。
暗いきもちになったけど、でもまだ信じられなかった。


研究室の後輩にまわってきたメールにはお葬式の日時と場所が書いてあって、
私は行こうかどうかすごく迷ったけど、行くことにした。
迷ったのは、ほんのちょっとしかしゃべったことのない関係だし…と思ったから。
でも、あのとき駅で、彼はまったくしゃべったことのなかった私に声をかけてくれた。
きっと、私が行ってもちゃんと誰だかわかって、喜んでくれるはず。
母にも
「仲のよさなんて関係ないよ。最後のお別れなんだから行ってあげなきゃ」
と言われ、翌日、喪服を持っていない私は母の喪服を借りてお葬式に出かけた。


お葬式の日の朝は、くもりと言われていたけどときおり日が差していた。
桜が咲き始めていてきれいだった。
彼はカトリックだったから、教会でのお葬式だった。
祭壇に飾られた彼の写真を見て、初めて実感がわいた。
涙があふれた。
残されたお父さんとお母さんの言葉は、
これまでの人生で聞いたどんな言葉よりも悲しくてつらかった。



彼は、大学に入った頃から精神的な病気と闘っていたという。
体調がすぐれず大学も休みがちになったけど、
友達に会うときは変わった様子なんて見せなかったという。
あのとき、私に声をかけてくれた頃も、病気に苦しんでたのかな。
自分の力を過信するわけじゃないけど、
もしあのとき連絡先でも聞いてもっと仲良くなっていたら、
何かしらの力になってあげられていたんじゃないだろうか。
そんな後悔がこみあげてくる。


精神の病気も体の病気と同じように苦しいものだろうから、
肉体的な痛みに耐えられなくなるように、
もう我慢できなくって自ら死を選んだのかもしれない。
その苦しみを思うと、死んで苦しみから解放されたいと願った彼を
簡単に責めることはできないけど、
それでもなんでも生きていてほしかった。
何もしなくたって、生きてるだけでよかったのに。
お父さんとお母さんをはじめ、みんなそう思ってるよ!





学校からの帰り道、見上げると空にくっきりと十字架が浮かんでいる場所がある。
私は毎日その十字架を見て、彼のことを思い出す。
彼が天国で、苦しみから解放されて、穏やかに楽しく暮らしていることを祈る。


明るい未来を夢見ていっしょに勉強をがんばった彼の分まで、
私はしっかりと自分の人生を歩んでいこうと思う。
そして、いつか自分の人生を全うして天国へ昇ったあかつきには、
また「○○さんだよね?」って声かけてください。


それから、人間関係においては、『あの時ああしていれば…』
って後悔のないように、思ったとおりに行動していこうと思う。
この世からいなくなってからじゃ、何もかも遅いのだから。





みんなも、自分の命を大切に。
みんなの存在そのものが、いちばんだいじなんだからね。